聖徳太子も登ったかもしれない、あの階段を登ります。
東近江5000階段ラリー、よーいスタート!
紅葉の名所「湖東三山」の一つで国指定史跡。聖徳太子が創建されたと伝わる近江最古級寺院で宣教師ルイス・フロイスが「天上の天国」と称賛した。境内地では四季折々の花が楽しめる。
伊勢神宮の天照大神の第一皇子神。勝利と幸福を授ける神様として信仰されている。地元だけでなくプロスポーツ選手や、企業経営者などの信仰を集めており、本殿前の夫婦岩は、良い心の持ち主が、願い事を念じて岩の間を通ると願い事が叶うといわれている。
「瓦屋」とは、聖徳太子が大阪府摂津市の四天王寺建立のために、106000枚もの瓦を当山で焼かせたことに由来します。国登録有形文化財の本堂に安置されている秘仏 十一面千手千眼観世音菩薩(重文)も聖徳太子の御作です。
石馬寺へ向かう石段の途中で、右へ向かうと石馬寺、左へ向かうと六所神社があります。
八大竜王社、現在は雨宮龍神社と呼ばれる。雨明神ともいわれる。推古天皇時代の創始、弘法大師による雨乞いの実施の社伝をもつ石馬寺町、宮荘町、金堂町などを雨氏子とする。
臨済宗妙心寺派石馬寺は、聖徳太子が建立したと伝わる1400年の歴史を有する古刹で、風情ある苔むした石段や石庭のほか、国の重要文化財に指定されている主に平安時代に作られた仏像群など、多くの見どころがあります。
近くに養命の滝があります。
乾徳寺は、繖山(きぬがさやま)の山裾に本堂などの伽藍が位置し、参道付近及び伽藍後方の山林一帯に、ヒノキ林が広がっています。樹齢百年以上のヒノキが1,000本以上あり、これまでも檜皮が採取され、重要文化財建造物に供給された実績を有します。
(東近江市埋蔵文化財センターのブログより抜粋)
聖徳太子が近江に建てたと伝わる48寺院の第1番目。
本尊は千手十一面観音。当寺と末寺閣魔堂(えんまどう=現十応寺=じゅうおうじ)は八王子法橋(はちおうじほうきょう)五人衆・十六人衆によって維持運営されました。
天正4年(1576)織田信長により焼打ちされたと言われています(神崎郡志稿)。
聖徳太子の叔父良正を開基とし、創建当初は釈善寺と号したが、坂上田村麻呂の東征勝利にちなんで善勝寺に改められたとされる。もとは天台寺院として七十余坊の大伽藍を擁したが、織田信長の焼打ちにより曹洞宗に改宗した。
推古天皇二十七年開創と伝えられる古刹、天台宗から改宗し現在は曹洞宗寺院。本尊聖世音菩薩は身代わり観音として地域の信仰を集め、また観音様のお堂ではご祈祷や悩み事相談が随時行われる。
境内の石造三重石塔は、奈良時代前期の作とされ重要文化財である。寺伝では、平安時代、唐に留学した寂照が近江国にも阿育王の石塔の1つが埋まっていると聞き、掘り当てたのがこの塔であるといわれている。