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陸軍八日市飛行場と
近代化遺産

 

《近代化の槌音》

 大正4年(1915)沖野ヶ原に、我が国初となる民間飛行場が誕生しました。
これに先立つこと17年、明治31年(1898)に近江鉄道が開業しました。
まさに近代化の大波が、東近江市にも押し寄せてきたのです。
しかし、飛行場は陸軍の施設となりました。新たに開業した湖南鉄道は、
変遷を経て、飛行場まで線路を延長し、昭和19年(1944)近江鉄道と合併しました。

 
 

八日市飛行場と平和橋

 大正3年(1614)沖野ヶ原での荻田常三郎の飛行を契機に、飛行場建設が進められました。翌4年には完成したものの、荻田は事故死しており順調な滑り出しではありませんでした。
 しかし、人々の努力によって、当時整備が進められつつあった陸軍飛行場の誘致に成功します。大正11年(1922)、陸軍航空第三大隊の開隊式が行われました。駐屯部隊の変更はありましたが、終戦までその機能は維持されていました。
 現在蛇砂川にかかる橋が、「平和橋」と名付けられています。橋の北側がかつて飛行場であったことから、不戦の誓いとともに名付けられました。

 
 

冲原神社・戦闘準備線

 

 冲原神社は、当時八日市飛行場施設群のちょうど南西隅に位置していました。したがって、当時の施設は現在の冲原神社前道路に沿って北側に広がっていたことになります。そして、道を挟んだ反対側には、コンクリート敷の飛行機待機場であった戦闘準備線があり今もその一部が遺っています。
 冲原神社そのものは、隊員の安全と飛行隊の守護として、大正14年(1925)に建立されました。当初は衛戊(えいじゅ)神社という名前でしたが、昭和2年(1927)に冲原神社と改称されました。現在は、付近の住民の皆さんのお宮さんとして、お祀りされています。

 
 

布引掩体壕

サンプル

 掩体とは、軍事上の装備や物資などを、敵の攻撃から守るための施設です。強度を得るため、かまぼこ型の屋根をしていることが多いようです。八日市飛行場に伴う布引掩体群は、航空機を守るために構築されたものです。
 軍事施設であったため資料が乏しく明確ではありませんが、昭和19年(1944)ごろから造成され始めたようです。現在確認できるものはコンクリ―ト製の2基を含め、17基です。コンクリ―ト製のものは、未完成であった可能性が高いといわれています。

 
 

滋賀県平和祈念館

 滋賀県では、昭和59年(1984)頃から平和関連施設建設が議論となり、平成16年(2004)建設予定地を八日市市とすることとなりました。この背景には、かつて陸軍飛行場が当地にあったことが大きかったようです。その後平成の大合併を経て、平成22年(2010)東近江市から、既存施設改修を前提に、東近江市愛東支所の推薦がありました。これを受け、平成24年2月に改修工事を完了し、翌3月に開館しました。

 
 

近江鉄道

 明治時代、鉄道敷設を嫌う傾向がありました。現に、近江八幡駅は旧市街から離れた位置に駅舎を設けました。機関車が排出する煤煙が健康を害するなどの風評が影響したようです。
 しかし、その重要性が認識されるにつれ、その沿線から外れた五個荘や日野の商人から、新たな鉄道敷設の動きが出てきます。その結果生まれたのが、近江鉄道です。東海道線に遅れること9年、明治31年(1898)彦根-八日市間が開通しました。開業以来100年以上も社名を変えていない稀有な鉄道が、近江鉄道です。

 
 

旧湖南鉄道

 現在八日市駅と近江八幡駅を結ぶ鉄道は、近江鉄道とは異なる会社が敷設したものです。その始まりは、大正2年(1913)市辺や五個荘の商人が中心となって、新八幡-新八日市間で湖南鉄道が営業を始めました。
 その後、琵琶湖汽船鉄道・八日市鉄道を経て、昭和19年(1944)近江鉄道と合併しました。昭和5年、新八日市駅-飛行場間が開通したときの線路は、八日市から日野方面行の近江鉄道とは立体交差となっていました。

 
 

黄和田発電所

 明治42年(1909)、彦根に近江水力発電株式会社が創設されました。そして、明治44年萱尾町に近江水電の発電所が完成、電気供給を始めました。さらに、大正7年(1918)には、相谷熊原に第二発電所が建設されました。
 しかし、大正10年に宇治川電気株式会社に吸収合併されてしまいます。そして、翌11年に黄和田発電所が完成します。黄和田発電所は、関西電力下認可最大出力:1440kW、常時出力:948kWの発電所として、今も現役です。

 
 

近代建築

 日本の近代化を実感する一つの現象に、洋館建築があります。伝統的日本家屋とは全く異なる、洋館建ちの家屋に当時の人々は目を見張ったに違いありません。

 旧住井歯科医院は、八日市本町商店街にあります。木造二階建てのこの建物は、昭和5年にヴォーリズ建築事務所の設計で建設されたことが明らかとなっています。今は、雑貨や洋服、革製品などを扱う5店舗が入る複合商業施設となっています。

 
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